2023/09
9月下旬から10月にかけては、イノシシが毎日やって来るようになっていました。近所の農家の方に聞くと、やって来るイノシシはいつも同じ個体だそうで、大型でふてぶてしく人間が近寄ろうが微動だにせず、車にもビビらないのに電柵は異常に警戒するヤツでした。ぼくはいつからかヤツをヤツと呼ぶようになり、毎日ヤツのことで頭がいっぱいになっていました。害獣対策用のワナにはいつも餌を入れていましたが、そんなのには見向きもせず、ぼくの農園の畝へ真っしぐらです。やって来る時間も決まっていて、だいたい雨上がりの早朝や夕暮れでした。畝を散々ほじくり回し、若い苗を踏み倒し、荒らし終えた一角を満足げに眺め、時には農園の真ん中の山へ全速力で駆け上がっては周回し、背中の逆立った毛に夕日が当たって黄金色に輝くヤツをぼくは遠くで見ていることしかできなかった。
朝農園に着き様子を確認し、「今日は10個やられた」「今日は20個ぐらいやられたかもしれない」というLINEを妻に送り、ぼくは雨の中壊された畝を直す作業を一人で毎日繰り返していました。あんなヤツに負けてたまるか、という気持ちと、明日もまた同じ作業をしているかもしれないという絶望感もちらつきながら。夜も壊された畝を思い出してしまい、「自分の大切な子どもたちが毎日乱暴されているような気持ちだ」と妻に話しました。
さっさと電柵を付ければよかったのですが、ヤツのために何十万もお金を使いたくないという気持ちが勝ってしまい、踏み切れずにいました。近所の先輩農家さんに相談し、地域で申請する害獣対策の補助金を使わせてもらうことに決めました。補助金の許可が下りるまではヤツとの戦いがまだしばらく続きます。